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GAME LIFE HACK

ゲーム生活、少し変えてみませんか?

スマホアプリ「Miitomo(ミートモ)」を遊んでみて、改めて『仕組みを作る会社』としての任天堂を実感したって話

任天堂とDeNAとの提携が発表され、ちょうど1年経過した2016年3月17日。任天堂製スマートフォン向けアプリ「Miitomo(ミートモ)」が配信開始された。 本アプリをしばらく弄って自分は改めて「任天堂は仕組みを作るのが上手い」と感じた。その理由について、今…

「物理的自由度」の過剰投与は、ゲームの楽しさを殺すって話

結論の見えてこないオチ無しの記事です GTAV遊んでいたとき、ふと「このゲームは住人になり切ることを求められ、自分の意志で犯罪行為を起こすのが難しい作品」であると思ってしまった。 というのも本作は自由行動時にメインミッションで行うような行為を自…

全てのゲームに「難易度選択の実装」を提案する前に、まず自分でしっかり「遊ぶゲームを選べ」って話

画像は関係ない。 数日前TLに流れてきた以下の記事を読んで、正直的外れな意見だと感じた。 すべてのゲームには難易度オプションを実装するべきだ – Damonge まず断っておくが、自分はBloodborneやSOULSシリーズに関しては未プレイである。 だが、歯応えのあ…

「状態を保つ」という楽しさの話、あるいは「ピクミン3」の持つ面白さの本質

さいきん「スーパーマリオ3Dワールド」にハマっている。 美しいグラフィック、様々なギミック、ステージごとに新たな発見が存在するという底の見えないアイデアの山とその組み合わせ方、少ないボタンから生み出される多彩なアクション、そしてキャラクターの…

あそびにおける「義務感」という存在、或いは「ゲームのやめどき」についてのお話

短いです。 要するに「趣味において義務感に駆られながら惰性で物事を続けると感じたなら、一旦離れてみてもいいんじゃないか」って話です。 折角なので「遊びに対しての一つの考え方」として気に留めてくれたら嬉しいと思い記事を書くことにしました。

今、ゲームに必要なのは「操作説明」以上に「遊び方」なんじゃないかって話

妙な例えかもしれないが、ゲームを遊ぶという行為は「調理されたステーキ肉をナイフとフォークで食べる」行為に近いと、ぼくは考えている。 ナイフとフォークがなまくらだったら食べにくいし、肉自体が固かったら食べ進めにくい、そしてそもそもの話、食べ方…